今回は以下の本を一通り読み終わったので、概要や感想などを書き残します。
本書の内容
本書は「ドキュメント作成」と「テキストコミュニケーション」の入門書、という立ち位置になります。本のタイトルから前者をイメージする方も多いかと思いますが、後者も含まれていることに注意してください。
本書が紹介する内容はGitLabが持つノウハウをベースにしています。GitLabは世界中のメンバーから成り立つグローバル企業であり、業務の大半をリモートワークで行います。GitLabはリモートワークを前提とした環境でメンバーを活躍させるため、GitLab Handbookというドキュメントを利用しています。GitLab Handbookはインターネット上で公開されており、ここにはGitLabが重きを置く観点 (Values) や組織運営ルールなど、組織としての公式見解をまとめています。ただしHandbookは3000ページ以上のボリュームがあり、すべて英語で書かれているため、読み進めるのが大変です。本書はGitLabの案内するノウハウを日本語で、かつ日本の事情も踏まえて紹介しているため、ノウハウを理解するのに役立つ書籍だと思います。
なお本書の著者はGitLabのリモートワークに焦点を当てた書籍も出版しています。
本書のターゲット
本書が想定する読者は以下の通りです。
- 効果的なドキュメントやテキストコミュニケーションを活用したいと考えるが、スキルの習得に悩んでいる人
- ドキュメントやテキストコミュニケーションに課題は感じていないが、もっとコスパ良くドキュメントを活用したいと考えている人
- 効率的なドキュメント作成のカルチャーをチームや組織に根付かせたいチームリーダー・組織変革者
本書の構成
本書は以下のように構成されています。
- 序章 ドキュメントについて知る: ドキュメンテーションにおける前提を紹介します。
- 第1部 GitLabのドキュメントを理解する: GitLabが利用するドキュメントとその根底に流れる思想、組織にドキュメントを導入する必要性を紹介します。
- 第2部 基本となるドキュメント作成スキルを身につける: ドキュメント作成・テキストドキュメンテーションの具体的なノウハウ、トレーニング教材を紹介します。
- 第3部 シーン別のドキュメント作成に対応する: アジェンダやレポート作成、Slackでのテキストチャットなど、具体的なシーンごとのノウハウを紹介します。
詳細な目次はこちらのリンク先に記載されています。
個人的に覚えておきたいこと
本書を読んで参考になったと思う箇所、個人的に覚えておきたいポイントを記載します。
序章
読解力や言語化能力は人によって差がある
ドキュメントを作成していて常に悩むのが、「誰に向けてこのドキュメントを書けばよいか」です。そのドキュメントで扱う情報の背景をどの程度知っているか、どの程度専門用語に精通しているか、どこまで砕けた表現を使っても許されるか、など。こういった要素は読む相手によって変わります。
本書でもこれについて触れており、具体例として「読解力の平均」と「ビジュアルシンキング」に触れています。
2023年に投稿されたデータによると、アメリカ成人の50%は8th-grade (中学2年生レベル) の読解力を持っているそうです。GitLabはこういったデータを参考に、中学2年生の読解力を想定してドキュメントを作成するよう指針に示しています。2022年の読解力の調査によれば、日本は世界第3位、アメリカは第6位の読解力があるそうです。日本はアメリカより多少順位を上回りますが、読解力についてはアメリカと近い状況であろうことが想像されます。
ビジュアルシンキングとは物事を思考するときに画像優位で考えることです。ビジュアル・シンカーの脳という本には、ビジュアルシンキングをする人が一定数存在することを説明しています。世の中に 言語能力に優れる人 と 画像能力に優れる人 と 両方の要素を持つ人 とが存在することを考えると、全ての人が理解しやすい基準でドキュメントを作成することの重要性も理解できそうです。
テキストコミュニケーションは人を傷つけやすい
私はテキストコミュニケーションに苦手意識を持っています。相談したい内容を過不足なく伝えることや、相手の返事を理解することなどは問題ありませんが、自分から返答するときに淡白な返事になりがちです。返事に感嘆符をつけたり投稿に対して大量のスタンプを押す人を見ると、「そこまでやらなくてもよいのでは」と思うことがありました。
しかし、本書ではテキストコミュニケーションの注意点を説明しています。テキストメッセージは表情や声のトーンといった情報が欠けています。また人間は相手の顔が見えないと、ポジティブともネガティブとも取れるメッセージに対し、ネガティブな要素を見出しがちになります (ネガティビティ・バイアス) 。そのため、ポジティブな感情が受け取れないメッセージはネガティブに受け取られてしまいます。
これを防ぐには情報量を増やせばよく、具体的には「感嘆符をつける」「絵文字を使う」「リアクションを派手にする」という方法があります。これにより送り手の感情も情報として伝えられ、受け取り手も意図を汲みやすくなります。
2章
パフォーマンスの非効率は認識の食い違いから生じる
GitLabは独自のドキュメントであるGitLab HandbookをSSoT (Single Source of Truth) とすることに成功している企業です。ですがいざ自分の企業に導入することを考えるとやらなければならないことがたくさん出てきます。その一つに、立場が上の人を説得する、というタスクも含まれるでしょう。なぜ全社共通のドキュメントを導入しなければならないのか、自社の課題を解決できるのか、それに払うコストに見合った効果は見込めるのか。本書ではその説得に使える材料も提供しています。
仕事をしていると、言った言わないによる想定外のトラブル、メンバー間の優先順位の違いによる余分な作業工数の発生、といった状況に遭遇したことが何度もあります。個人的にはリモートワークに移行してから特に頻繁に遭遇するようになった気がします。ドキュメントを作成して認識を外部装置に移すことで、考えていることを可視化し、互いの認識を合わせる必要に気付き、結果的に認識齟齬を少なく、スムーズに仕事を進められるようになります。
またドキュメントはメンバーの行動を評価することにも利用できます。GitLabではIssueに担当するタスクや課題を起票し、そのタスクの進捗状況や議論の様子などを記録します。客観的な事実を記載したドキュメントを作成することで、個人のバイアスに寄らず、客観的な評価の助けとなります。
7章
ライティングのマインドセット
私はこれまで文章の書き方を紹介する書籍を3、4冊ほど読んだことがあります。参考になる本も多いですが、毎回「気にするポイントが多すぎて覚えきれない」と思ってしまいます。ですが本書を読んでみて、枝葉の部分から学ぶのでなく、それらノウハウの根底にある考え方 (マインドセット) を理解することで、文章のノウハウを身につけやすくなるかもしれない、と思いました。
GitLabの掲げるドキュメントのマインドセットは、GitLab Valuesの「イテレーション」に通じます。具体的には「全てのドキュメントは下書きである」という前提に立ち、叩き台の状態でも良いのでドキュメントを公開し、多様な視点を生かしながらドキュメントを育てていく、という考え方です。タイトルだけが書かれた状態でも良いので、まずは公開する。恥ずかしがる必要はありません。
12章
Slackの使い方
GitLabではSlackを社内限定のコミュニケーションとアナウンス、非同期のチームスタンドアップ、インフォーマルなコミュニケーションなどに使用します。社内向けのアナウンスは短く端的なメッセージを発信することで伝わりやすくなります。長すぎる文章を使うと意図が伝わりにくいだけでなく、発信者やメッセージの信頼性を損なう危険性があります。
またGitLabはSlackを使わないケースも決めており、証跡が必要な承認、決定事項や公式記録の記載、機密情報の共有では行いません。こういったやりとりはSSoTで利用するドキュメントに記載します。また複雑すぎるテーマの議論やセンシティブな話題もSlackでは難しく、オンラインミーティングを使います。このように、Slackを何に使うかだけでなく、何には使わないかを決めておくことも重要です。